
平成流し組合_Heisei Nagashi Group

流しの仕事ガイド
流し=歴史が育んだ音楽で生きる道
このページでは、「流し」という仕事の奥深さや魅力、その歴史的背景を深く掘り下げてご紹介します。音楽家として流しを目指す方、また流しの文化に興味を持つすべての方に、その本質をお伝えします。
「報酬を受け取りながら、多くのことを学ぶ」
平成流し創始者 小林治郎氏(作曲家)
2008年の春頃だったでしょうか、ある会社経営者の知人から、亀戸横丁での「流し」の企画の依頼を受けた僕は、すぐさまコーヒーカラーの仲山卯月氏(=パリなかやま)へ協力を持ち掛けました。彼の音楽に対する誠意と企画力によって「平成流し」の礎を築くことが出来ました。
当時は僕の拙いギター伴奏で「男性ボーカルDay」と「女性ボーカルDay」を交互に稼動させていました。 そもそも僕は作曲家であるが故、このような流しパフォーマンスには向いておらず、1年少々で早々と退散しましたが、60年代から80年代にかけての、ニューミュージック、フォーク、演歌、アイドルポップスと一通り演奏したことは、大変勉強になりました。いや、勉強などという言葉では計り知れない発見というか感動というか、先達の偉業に改めて敬意を持つことになりました。
流し稼動以前の僕の作曲は、ありとあらゆる作曲技術や和声理論やジャズからブラジル音楽に至るまでの音楽的エッセンスを、16小節や32小節の1コーラス分の塊の中に凝縮したかのような、まるで限界に挑むが如く創り上げた作品が主でした。それはそれで確かに創造的であり個性的でもあるのですが、やはり難解で万人受けするかと言えば厳しい側面もあるのも事実です。
それに対して近年の僕の作品は、センスや知識や理論の贅肉を削ぎ落し、わかり易いながらも1フレーズ聴いただけで僕の曲だとわかる作曲も出来るようになりつつあります。今思うと、これには流し経験も大きな影響を及ぼしているとしか言い様がありません。報酬を受け取りながら、多くのことを学ぶことが出来たなんて、とても幸せなことだと思います。
一方、仲山君の方は流しに向いていたのか、自らが長年に渡って稼動するだけでなく、次々にエリアを拡大し新規参入者に道を与えていて、そのバイタリティには本当に頭が下がります。
現在の流しメンバーには、僕の音楽を聴いてくれていた人達も結構いて、その中には僕の作品を90年代のフェイバリットソングと挙げてくれる人までいます。そんな人達の生活を僕も(間接的にですが)支えることが出来ていると思うと、何とも嬉しい気持ちになります。
流しは膨大なレパートリーの全てをある程度以上の水準で表現することを要求され、また対人商売であるが故のストレスなりトラブルなりに対応出来る精神力も必要なため、決して簡単な仕事ではありませんが、修業には素晴らしい場であります。なので少しでも興味のある方おりましたら、老若男女問わすパリなかやま氏へ連絡してみることをおすすめします。
現在の音楽シーンでは、全てがそこそこ、つまり適度に歌えて、適度にルックス良くて、適度に作詞作曲出来て、適度にビジネス能力を持ってはいるけれど、突出した才能に欠けるミュージシャンが多く見受けられます。 そんな状況を突き破るような(そのために必要なのは実は基礎力だったりする)、新時代のボーカリストなりアーティストなりが、若い流しメンバーから登場してくれる日を待ち望んでいます。
そんな訳で、「このコ、お前の曲に合ってそうなんだけど!」って感じなボーカリストを発見した際には、是非僕の所までご一報お願いします。って最後は結局テメエの宣伝かよっ!的な締めくくり方になってしまいましたが、これをもって「流し推奨」のご挨拶に変えていただきます。 読んでくれてありがとうございました。
2016.7.20 小林 治郎 (一応創始者ということで!?)

「流し」とは何か? その定義と、音楽の原点
流し(ながし)とは、楽器を持って酒場やイベント会場などを移動しながら、お客様のリクエストに応えて歌ったり、伴奏したりする者を指します。単なる演奏家ではなく、その場の空気やお客様の心情を読み取り、音楽を通じて特別な時間を提供するエンターテイナーです。
チップや定額の報酬をいただく「職業」として確立されているのはもちろんのこと、流しとは、移動しながら「いつでも、どこでも」生演奏を届けるスタイルそのものを指します。そのため、生音が出る楽器が必要であり、その場の環境に合わせた音量調整の繊細な「さじ加減」も求められます。
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一般的な流しの種類: ギター流し、流し歌手、バイオリン流しなど。
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広義の「流し」: 「流しのマジシャン」「流しのホステス」のように、特定の場所を持たずに移動しながら活動するプロフェッショナル全般を指すこともあります。
流しは単なる職業か?歴史が語る「演歌師」との深い繋がり
流しという仕事は、単なる「稼業」の枠を超え、日本の大衆文化史において特別な意味を持ってきました。そのルーツをたどると、明治時代に活躍した「演歌師」たちの存在が見えてきます。
演歌師:社会の声を歌に乗せた音楽家たち
江戸時代の旅芸人や巷間芸能人の系譜を受け継ぎながら、明治時代には添田唖蝉坊や鳥取春陽といった「演歌師」が登場します。「演歌師」の「演」は「演説」の「演」。彼らは、変化していく社会を風刺し、民衆の声を代弁する社会派の歌手でした。政治批判から庶民の暮らし、時にはユーモアを交えた下ネタまで、節に乗せて歌い上げた彼らの歌は、当時の人々に大きな影響を与えました。
「演歌師」から「流し」へ:時代の変遷と音楽の形
演歌師たちの人気は、多くのフォロワーを生み出しました。やがて彼らの活動は社会風刺だけでなく、当時の流行歌を歌うスタイルへと変化していきました。ビジネス形態の詳細は不明ですが、人々の間に確かなニーズがあったことは想像に難くありません。
そして戦後にかけて、お客様のリクエストに応えて演奏や伴奏をする形式が「流し」と呼ばれるようになり、現代で「演歌」を専門または中心に演奏する流しを、特に「演歌師」と呼ぶようになりました。
「流し」とは、単に歌を歌い、ギターを弾く技術職ではありません。それは、人々との間に音楽で橋を架け、その場の空気を作り出し、歴史の変遷とともに形を変えながら受け継がれてきた、生きた文化であり、心を通わせるコミュニケーションの術なのです。
私たちは、この深い歴史を持つ流しの文化を現代に継承し、さらに発展させていくことを目指しています。
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流しの活動に興味がある方は、流し募集:理念と概要 をご覧ください。
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現役流しの声や活動の様子は、メンバー活動紹介 で知ることができます。
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具体的な応募方法や審査の流れは、応募・審査フロー をご確認ください。